のびのび幸せになる労働相談室室長のnobisukeです。
今回はパワハラによる精神障害発症が労災と認定されるかどうかについて具体的な事例を検討してみましょう。
労災の精神障害の認定基準についてはこちらをご覧下さい
今回の事例は労働基準監督署及び裁判の第1審では労災と認定されず、第2審で認定されたケースですのでかなり微妙なラインと言っていいと思います。
事案の概要
神戸西労基署長事件・大阪高判平成29.9.29
高速道路を巡回、監視する業務に従事していたaがうつ病を発症し自殺したため、遺族が労災請求したが、監督署は労災を認めず、地裁も認めなかった。
遺族が控訴したために高裁で争われた事案。
aは平成22年にこの会社に入社した。
平成24年4月、aの班にcが異動してきた。
aは平職員、cは主任という立場で上司に当たる。
aとcは5月からペアで夜勤巡回業務を3回行った。
aはその5月に自宅で首をつって自殺した。
労災認定基準では「発症前6ヶ月の間に起こった出来事により精神的負荷を判断する」ことになっています。
それではaとcの間にいったい何があったのでしょうか。
aとcの間に起こった出来事
- aとcは偶然どちらも学生時代より流派は違うが空手をやっていた
- それが原因なのか、cが勝手にaを目の敵にしていた様子があった
- aはこの会社に平成22年に入社したが、aの新人研修時代からcはaに対して「生意気だ」「いっぺん締めたらなあかんな」等と発言していた
- 平成24年4月から5月頃、cはaを「なんちゃって空手」といって人格とともに否定した
- 同じ頃、cはaに対して「道場にこい」「道場やったら思い切り殴れる」と暴行を加えることを告げた
- aが右よし左よし、と確認していると「うるさいんじゃ」などといった
- aの歩き方をバカにした
- その後の夜勤時にも「なにもするな!うるさいんじゃ!殺すぞ!」「こんなところで拾うな!殺すぞ!」などと度重なる暴言があり、その後、同僚がいる前で班長に「あいつはもう使い物になりませんわ」などと言った
出来事の評価
第1審地裁判決では一連の行為は一部はいじめ、嫌がらせとまではいえず、一部いじめ、嫌がらせと認められるものの、精神障害を発症させるくらいまでの強い心理的負荷ではないので、労災とは認められない、という判決を出しました。
ちなみに恐らく労働基準監督署も同様の理由で心理的負荷強度が「強」とまではいえず労災と認めていないものと思われます。
第2審高裁判決は次の通りです。
- 一連の出来事の相乗効果によりそれぞれの出来事が単発で起きた場合よりも強い心理的負荷が認められる
- 何もするなというcの暴言はaの職業人としての人格を否定している
- 夜勤前、aはcとのペアをやめて欲しいと訴えていたことや、aの夜勤時の様子から相当程度強い心理的負荷がかかっていたと考えられる
などから業務による強い心理的負荷がかかっていたものと認められるため労災であると判断しました。
地裁は出来事を個別に評価している傾向があり、高裁はこの複数の出来事を全体のひとまとまりとして評価しているため、その相乗効果により相当程度強い心理的負荷であったと判断しています。
まとめ
全く同じ事実認定をしているにも関わらず全く逆の結論になってしまっている辺り、パワハラをはじめ精神的負荷を客観的に判断する難しさが現れていると言えます。
一応労災の精神障害認定基準では出来事を例示して精神的負荷を評価してはいますが、その状況については千差万別であり、今回のようにその出来事のとらえかたひとつで判断が変わってしまうケースもまれではありません。
同じ出来事でも人によってはひょうひょうとしている人もいれば、深刻に悩む人もいるでしょう。
あくまでも「一般的にみて」その出来事がどうだったのか、という判断は認定基準に当てはめて機械的に処理することはできず「人間が」評価するしかありません。
その難しさですよね。
ただ今回の事案については「一般的に見て」いじめ、ひどい嫌がらせがあったとして労災認定している結論については妥当ではないでしょうか。